公益社団法人 日本国際生活体験(EIL)

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仲間 純(2013年度イタリア派遣生)

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留学をしようと思った理由はなんですか、また派遣国決定の理由を教えてください。

両親、特に母が海外に関わる仕事をしていて、海外に対する抵抗はもともとあまりありませんでした。食料問題に関わる職に将来就きたいと考えていた頃にFAO(国際連合食料農業機関)の本部がイタリアにあることを知り、留学してみたいと思いました。

出発前はイタリア語を勉強しましたか、また到着時はどの程度喋れましたか?

イタリア語講座のテレビ番組を録画して、全部見てから出発しましたが、購入した本は全く読んでいませんでした。今の自分のイタリア語レベルを100とすると、出発時は2くらいしかなかったと思います。到着後当初はほとんど喋ることができず、英語を交えて喋っていました。ただ、少しではあったものの、勉強してから行ったおかげで、現地での勉強はかなり楽になったと今となっては思います。

ホストファミリーはどんな方々でしたか、また家事を手伝うことはありましたか?

共働きのホストマザーとファザー、同い年のホストブラザー、当時94歳のホストグランドファザーがいました。30歳くらいのホストシスターもいましたが、すでに独立していて家にはいませんでした。ホストブラザーはゲームが大好きで、最初はぼくの方からゲームに興味を持つようにしてコミュニケーションを取っていました。ホストマザーが自分の思い通りに家事をしたがる人だったので手伝いはあまりできませんでしたが、何か手伝えることがないか積極的に尋ねるようにしていました。

ホストスクールはどんなところでしたか?

大きな理系の進学校でした。全校生徒全員で800人くらいだったと思います。授業はイタリア語、英語、ラテン語、哲学、科学、数学、体育を受けていました。ラテン語の授業ではでは、ダンテの「神曲※」を読んでいて、さすがに難しかったので日本語訳を購入して比べながら読んでいましたが、日本語でも難しかったです。
(※注 イタリアの詩人ダンテが14世紀に21年かけて作ったと言われる全1万4233行からなる叙事詩)

留学中特に大変だったことはありましたか?

到着当初から「おい中国人!」というようなジョークを友だちからよく言われていたり、授業の終わりにチャイムがなると「チャイム鳴ってるぞ」と先生に対して言わされたりしていたのですが、イタリア語がわかるようになってくるとそのノリが苦痛になっていきました。しかし、いきなり止めてくれと言うのもどうかと思ってしまい、自分から友だちと距離を取るようになっていたんです。そんな時、イタリア人が喧嘩した後に、すぐに仲直りして元の関係に戻っているのを見て、自分もハッキリと言ってみることにしました。友だちと喧嘩にはなりましたが、最終的には理解してくれました。日本的な考えから脱して、イタリア人的なコミュニケーションができるようになってからは生活がずいぶん楽になりました。

留学中、一番楽しかったことはなんですか?

5月くらいに学校が終わり、それからホストファミリーの知り合いが持っていた船に乗せてもらって青の洞窟のあるカプリ島などの離島に連れて行ってもらったのは本当に楽しかったです。特にイスキア島とプローチダ島は観光客にもあまり知られていないため人が少なくてお気に入りです。

今の生活の中で、留学が活きていると思う瞬間を教えてください。

生活の中で何か新しいものに直面した時や、新しく何かを始めたりする時、抵抗を感じたり不安を感じたりすることがありますが、留学中のことを思い出したり留学中のできごとと比較したりすることで自分を鼓舞できていると感じます。また、高校生の時に留学に行ったという事実によって、自分の中で周りの人との区別化を図れ、自信につながっています。

これから留学する人たちへ一言お願いします。

日本でならこうする、という考えをなくして、後から「あれをすればよかった」なんてことがないように、できる限りいろいろなことに挑戦してきて欲しいと思います。

仲間 純
2013年度イタリア派遣生

沖縄県那覇市出身昭和薬科大学附属高等学校3年時の2013年夏より、EIL高校生交換留学プログラムでイタリアカンパニア州ナポリに9ヶ月留学。帰国後3年生に復学。2015年4月神戸大学発達科学部入学。